【社労士コラム】大切な「過半数代表者」の選出 -適法な選出でない場合、労使協定は無効-
労働者の過半数代表者(以下「過半数代表者」)の選出が適法に行われていないために、当該過半数代表者と締結した36協定が無効とされ、無効な労使協定に基づいて行った時間外労働は労働基準法違反とされたり、1年単位の変形労働時間制の協定や定額残業代導入が無効とされ約1,700万円の支払いを命じられたケース等があります。
過半数代表者の選出が適法に行われていないと、事業運営上の障害や多額の損害を生ずる危険性があります。
ほとんどの会社・事業場は過半数代表との何らかの労使協定等が必要でありますが、私の経験ではかなりの割合で適法に選出されていないケースがありました。
そこで、今回は「過半数代表者」について解説します。
目次
過半数代表者の意義
労働基準法には、事業場の労働者の代表である過半数の労働者で組織する労働組合と、またはそのような組合がない場合には労働者の過半数を代表する者と、労使協定を締結することで労働基準法上の規制を免除する効果(免罰的効果)が得られるものがあります。
例えば、36協定を締結して労働基準監督署長に届け出ることによって、使用者は36協定の範囲内で労働者に1日8時間、1週40時間の法定労働時間を超えて労働させたり法定休日に労働させても、罰則の適用を受けることがなくなります。
事業場の全ての労働者の過半数を組織している労働組合があれば、その組合が労使協定の締結当事者となりますが、多くの中小企業ではそのような労働組合がなく、過半数代表者を選出するケースがほとんどです。
過半数代表者は、事業場の全ての労働者の意思を代表する者ですので、極めて重要な役割を担っているといえます。
以下、過半数労働組合がない場合について解説します。
事業場ごとに選出
過半数代表者は、事業場ごとに選出します。
本社があって工場や支店が別にある場合は、本社、工場、支店ごとに選出します。
労使協定もそれぞれで締結し、労働基準監督署への届出等が必要な場合は、それぞれの所轄の労働基準監督署へ届け出る必要があります。
同じ労働基準監督署管内であっても個別に行う必要があります。
例えば、給食事業者が〇〇会社の食堂、△△病院の給食、◇◇学校の給食を同一市内の別の場所で行っていれば、それぞれが事業場になります。
監査に行くと「本社で協定しているから、ここではやっていません。」という回答を聞くことがありますが、これはこの事業場では36協定が締結されておらず、1分の時間外労働も出来ないことになります。
なお、使用者側は、社長や工場長、支店長など事業場を統括する権限のある者が代表になります。
全ての労働者の過半数
管理監督者、正社員、パートタイマー、臨時工、アルバイト、病欠・出張・休職期間中の者等、事業場の全ての労働者を分母として、事業場の過半数にあたるかどうかを判断します。
派遣労働者は、派遣元の労働者ですので含みません。
正社員が19名、パート・契約社員・嘱託が11名の合計30名の製造業の会社でした。
「労働組合の支部があり、組合と協定しています。」とのことでしたが、組合員の数を聞くと正社員14名でした。これでは全ての労働者の過半数に達していないので、至急過半数代表者を選出するよう対応を助言した経験があります。
なお、管理監督者(労基法41条二に該当)は、全ての労働者には含まれますが過半数代表者にはなれません。
過半数代表者の役割
過半数代表者との労使協定等は、労働基準法をはじめ色々な場面で必要となりますが、過半数代表者の役割として、代表的なものに次のようなものがあります。
労働基準法関係
(1)時間外・休日労働に関する協定(一般的に「36協定」と呼ばれている。)
ほとんどの会社・事業場が必要な大切な協定です。
労働基準法では、原則として休憩時間を除いて1日8時間、1週40時間(「法定労働時間」)を超えて労働させてはならいと定めています。
労使協定により法定労働時間を超えて労働時間を延長し、または休日に労働することを定め、労働基準監督署長に届け出ることにより、はじめて時間外労働や休日労働ができるようになります。
逆に、労使協定を締結していなかったり、締結をしても届け出をしていない場合、災害等の臨時の必要がない限り、会社は従業員に時間外労働・休日労働を命じることができず、従業員は会社の残業命令に従わなくても責任を負うことがないことになります。
36協定の効力は、その協定の定めるところによって残業等をさせても、労働基準法に違反しないという免罰効果を持つものであり、従業員の残業等の義務は36協定から直接生じるものではなく、就業規則等の根拠が必要です。
したがって、就業規則等の残業命令規定と届け出てある36協定があって、残業命令は有効で、従業員には従う義務が生じます。
36協定を締結し届け出も行い残業等を行っていた事業場が、過半数代表者の選出が適正に行われていないために送検されたケースもあります。
適正に選ばれていない過半数代表者が締結した36協定は無効であり、無効な協定に基づいて行った残業等は労働基準法に違反するためです。
また、(2)の1年単位の変形労働時間制の協定において、過半数代表者の選出が適正に行われておらず無効とされた裁判例もあります。
- (2)1年単位の変形労働時間制、1か月単位の変形労働時間制に関する協定
- (3)フレックスタイム制に関する協定
- (4)一斉休憩付与の適用除外に関する協定
- (5)事業場外労働のみなし労働時間に関する協定
- (6)時間単位の年休に関する協定
- (7)計画年休に関する協定
- (8)賃金控除に関する協定
- (9)就業規則の作成・変更に関する意見聴取
・・・等々です。
労働基準法以外
- 雇用調整助成金
休業協定 - キャリアアップ助成金
キャリアアップ計画書に関する意見聴取 - 労働者派遣法
派遣期間延長に関する意見聴取
同一労働・同一賃金に関する派遣元労使協定 - 労働安全衛生法
安全(衛生)委員会 委員の推薦 - 育児介護休業法
育児・介護休業、休暇等の申出を拒むことができる従業員の協定
・・・等々です。
適正な過半数代表者の選出方法
過半数代表者の選出方法について、労働基準法施行規則6条の2第1項では、労使協定等をする過半数代表者を選出する目的であることを明らかにして実施される「投票、挙手等の方法による手続」で選出された者であって、使用者の意向に基づき選出されたものでないことが必要であるとされています。
「使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」が過半数代表者の要件となりますので、使用者側が過半数代表者を指名することは許されません。
「投票、挙手等」については、「労働者の話し合い、持ち回り決議等労働者の過半数が当該者の選任を支持していることが明確になる民主的な手続」であれば、過半数代表者の選出方法として問題ありません。
民主的な方法であることが担保されていればよいので、回覧による信任や職場ごとの信任を積み上げていく方法でも、それが民主的な方法であれば問題ありません。
また、過半数代表者選出のための選挙が実施される場合に、会社側が手伝ってよいかという問題ですが、会社が手伝ったからといって、直ちに民主的な手続であることが否定されるわけではなく、要は民主的な選出手続きが担保されていれば問題ありません。
なお、過半数代表者が決定された際、その旨を全従業員に周知することも必要です。
よく見る悪い例
- 親睦会の代表者がそのまま過半数代表者になるケース
- 年長者や勤続の長い人が長年自動的になっているケース
- 社長や担当者から、あるいは上司が部下に「ちょっと、ここの過半数代表者のところにサインして」と頼まれたというようなケース
- 候補者を募っていない、また一定の候補者募集期間を設けていないケース
- 過半数代表候補者の推挙・指名を社長が行っているケース
- 管理監督者、パートタイム労働者、休職者等も含め全従業員に選出の機会を与えていないケース
- 過半数代表者の選出にあたり、選出目的を明らかにしていないケース
(選出目的を明らかにして選出しているが、選出目的に含まれていない労使協定を当該過半数代表者と締結した場合、無効とされます。) - 過半数代表者の選出手続きが、投票や挙手等、各従業員の信任・不信任の意向が分かる形で行われていないケース
(反対の人のみ挙手する方法は、積極的に信任の意思を確認していないとみなされる恐れがあります。) - 任期を定めないで選出して、相当期間経過しているケース
【基本的な対応方法】
- 過半数代表者の選出目的を定める。
- ①の選出目的を全従業員に伝えた上で、代表者の候補を募る。
募集期間は数日間設ける。 - 候補者が決定したら、当該候補者名と選出方法(選出目的や信任・不信任を投票するなどの方法、日時を含めて)を全従業員に知らせる。
- 過半数代表者の選出は、信任する旨の積極的意思を徴する方法で行う。
- 過半数代表者が決定された際、その旨を全従業員に知らせる。
立候補者が居ない場合はどうする?
過半数代表者の選出にあたり、立候補者を募ったが候補者が出なかったので、会社側で過半数代表者になってくれそうな人に声を掛けて候補者になってもらうということは今までもよく行われていたかと思います。
平成31年の改正労基法施行規則において、過半数代表者は「使用者の意向に基づき選出されたものでないこと」という要件が明記されました。
このことから、今まで通りの対応ができるかという疑問です。
上記の要件は、例えば使用者が候補者を指名し、圧力をかけて対立候補者が出ないように働きかけるようなことは駄目ですが、立候補者が出ない場合に立候補者となってくれるよう声を掛けることを禁止しているとまではいえません。
要は、事業場の全ての従業員に、自由な意思で賛否の意思表示をする機会が与えられているかどうかが重要であるとされています。
とはいえ、このような要件が追加されたことを考えると、会社側が声を掛けると「使用者の意向」と解釈されるリスクがあります。
私は、従業員が数人集まって候補者を選定し、候補者になってもらうよう依頼する方法がより良いと思います。
その際に、会社にも協力してもらうことは問題ないと考えます。
過半数代表者の任期制
各種労使協定の締結や就業規則(賃金規則、育児介護規則等付属規則を含む。)の制定・改定に関する意見聴取など、労働基準法が定める過半数代表者の担う役割は多く、個々の案件ごとに過半数代表者を選出せずに、任期を定めて過半数代表者を選出して、その者が当該任期中に生じた案件について過半数代表者として活動する、という任期制を実施している会社も多いかと思います。
過半数代表者は、労使協定や就業規則の変更など、問題となる事項ごとに労働者の意見を反映させる役割を担うものですので、問題となる事項ごとに過半数代表者を選出することが望ましく、労働基準法も過半数代表者の任期制を予定した規定を置いていません。
しかし、任期をできるだけ限定した上で、任期中に担う役割を明示して選出するのであれば、労働者の意思を反映させるという過半数代表者の役割に反するものでないと思われます。
したがって、任期を一定の合理的期間(多くの36協定の有効期間が1年とされており、任期も1年程度が望ましい。)に限定し、任期中に締結されることが予定される労使協定や意見聴取を求められる可能性があるものを明示した上で、過半数代表者を選出することは可能であると考えます。
なお、任期は定めてあるが、担うべき役割を明示しない一般的・包括的な選出は問題があります。
任期の途中で過半数代表者が何らかの事情で変わったとしても、当該協定の有効期間中は有効です。新たに新しい過半数代表者と協定する必要はありません。
また、任期中であっても、選出された後から労働者が増加し、実際に労使協定を締結する等の時点で過半数の労働者の支持を得ているとはいえない状況になった場合、当該過半数代表者が締結した労使協定等は無効となります。
実際に労使協定の締結等の時点で、当該事業場の過半数の労働者の支持を受けているといえるかどうか、その都度確認することが必要です。
記録の作成と過半数代表者への説明
私が監査に行った際に36協定を見ると過半数代表者の選出方法に「挙手」と書いてあるので、その場に何人の従業員が参加して何人が信任したのか質問すると回答が曖昧な場面が多々あります。
選出目的に36協定の締結が含まれていたのかどうかさえ曖昧な場合があります。
過半数代表者の選出は重要な事項ですので、選出経過を是非記録して、例えば労働基準監督署の立ち入り調査があった場合にも、適正に選出されたことをきちんと説明できるようにしておくことが大切です。
過半数代表者選出候補者を募る文書(掲示、配布、イントラネット、メール等)
- 選出の目的(36協定の締結、就業規則の制定、改定の意見等)
- 任期を定める場合は任期
- 立候補者受付の締切日
- 選出方法等の記録
①いつ ②どこで ③その時の全従業員数 ④出席者数(集会の場合)⑤候補者の所属、氏名 ⑥投票、挙手等の方法 ⑦信任の数(書面で回覧等の場合は信任者の署名) - 過半数代表者が決まったら、代表者の所属、氏名、任期(ある場合)を全従業員に知らせる文書
(掲示、配布、イントラメット、メール等)
なお、36協定の締結をしている過半数代表者に「36協定の意味や内容」を聞いたら「???」「会社からここにサインをと言われたので」というケースがあります。
協定を締結する場合や就業規則等の改定の意見を聴取する場合は、会社は過半数代表者に丁寧に説明して理解させておくことも大切です。
適正に選出されたとしても、内容を理解しないで締結したとなると問題が生じる恐れがあります。
また、協定書は従業員に周知する必要がありますので、その点も留意して下さい。
過半数代表者への配慮、不利益取り扱いの禁止
会社は、労働者が過半数代表者であること、もしくは過半数代表者になろうとしたこと、または過半数代表者として正当な行為をしたことを理由として、不利益な取り扱いをしてはならないこととされています。
さらに、会社は過半数代表者が協定等に関する事務を円滑に遂行することが出来るよう、必要な配慮を行わなければなりません。
「必要な配慮」には、過半数代表者が労働者の意見の集約等を行うにあたって必要となる事務機器(イントラネットや社内メールを含む。)や事務スペースの提供を行うことが含まれます。
まとめ
以上、過半数代表者について述べてきました。
過半数代表者の選出が適正に行われなかったことによって、法違反に問われたり、訴訟を提起され敗訴したり、会社運営上の障害や多額の経費が生じたり、さらには従業員との信頼関係が損なわれたり種々の問題が発生し、経営を圧迫する事態が生じる恐れがあります。
今までの過半数代表者の選出が適正に行われていたか、この機会に確認し、改める点があれば早急に対応していただきたいと思います。
令和3年6月執筆