【社労士コラム】介護・福祉業の労務管理と変形労働時間制
高齢者や障害者の心身の状態が悪化しないように、できれば少しでも改善するように、利用者の生活を支えていくのが介護・福祉業です。
利用者の生活は、24時間365日途切れることはありません。
介護・福祉業では、施設サービスは利用者の生活の全部を、在宅サービスはその一部分を、基本的に24時間365日にわたって支え、複数の利用者に対して複数のスタッフがケアにあたっています。
事業所や職種によって、業務の在り方や人員の配置、勤務の特性は様々です。
本記事では、そんな介護・福祉業の現場に合わせた柔軟な働き方を可能にする「変形労働時間制」について解説します。
目次
介護・福祉業の労務管理
施設入所の利用者へのサービスか、在宅生活の利用者へのサービスかによって、スタッフの勤務の仕方は異なります。
さらに、介護・福祉業においては、特定の資格保有者の配置が必須であったり、利用者に対するスタッフの人数要件もあります。
そのため、スタッフのシフトを組むには、上記のような複雑な要素を組み合わせて、人員基準等に漏れが無いように細心の注意を払う必要があります。
人員要件とあわせて、スタッフの勤務条件(労働時間、休憩、休日等)の管理も重要です。
さらに、事業所の収支という観点からも、合理的な人員配置や業務割当、シフト組みを行い、人件費の増加を抑えなければなりません。
〔介護・福祉業の職員配置・割当の際の留意点〕
- 人員基準管理
- 勤務条件管理
- 人件費管理
では、少し具体的に見てみましょう。
スタッフの労働時間は、原則として1日8時間、週40時間以内でなければなりません。
36協定により、時間外の労働時間を勤務させることは可能ですが、法定労働時間外の場合は当然に割増賃金を支払う必要があります。
シフトを組む際、まず考えられるのが、出勤と退勤の時間をずらす方法です。
基本の出退勤時間を9:00〜18:00(昼休憩1時間)とすると、たとえば、以下のように30分刻みで前後にずらして勤務時間をパターン化し、シフトを組んでいきます。
前に30分 | 後に30分 |
---|---|
8:30~17:30 8:00~17:00 7:30~16:30 7:00~16:00 |
9:30~18:30 10:00~19:00 10:30~19:30 11:00~20:00 |
就業規則に出退勤時間のパターンを記載しておき、業務の必要性に応じて、たとえば2日前の夕方までに本人に伝達するなどの運用ルールを決めておけば良いでしょう。
業務に差し障りがない範囲で、本人の事情により出退勤時間のパターンの変更も認めると、より働きやすい職場になります。
しかし、事業所によっては、ただ出退勤時間をずらすだけでは対応しきれないこともあります。
特定の曜日や月の前半・後半など、決まった時期に時間外勤務が必要な場合もあるでしょう。月をまたいで繁忙期と閑散期があるケースも考えられます。
事業所や職種の業務の特性に合わせて、サービス提供に必要な時間帯に必要な人員を割り当て、労働法制に則った労務管理を行わなければなりません。
そこで、活用を検討したいのが「変形労働時間制」です。
変形労働時間制とは
変形労働時間制とは、1日8時間というある意味で固定的な法定労働時間制を変形させて運用できる制度です。
変形労働時間制が向いているケース
- 通所サービスで、1週間のうち特定の曜日に必ず8時間を超えた超過勤務が発生するが、別の曜日であれば早く帰れる日も設定できる場合。
- 介護報酬請求業のように、月末や月初は業務が集中して1日8時間、週40時間には到底収まらないが、月中などでは早く帰らせることが可能な場合。
- 業務の繁閑時期が同じ月内ではなく、複数の月にまたがって発生する場合。
(例)
報酬改定や介護保険法・障害者総合支援法などの法改正の関係で、重要事項説明書や契約書の内容を追加・修正して利用者への説明や契約の取り直し等の業務が発生するため、3月から4月にかけて超過勤務が発生する等。
4つの変形労働時間制
変形労働時間制には、以下の4つのタイプがあります。
- 1ケ月単位の変形労働時間制
- 1年単位の変形労働時間制
- フレックスタイム制
- 1週間単位の非定型的変形労働時間制
「令和2年就労条件総合調査」(厚生労働省)によると、日本における従業員30人以上の企業(全業種)のうち、変形労働時間制を採用しているのは59.6%となっています。
このうち、「1週間単位の非定型的変形労働時間制」は、対象が小売業、旅館、料理・飲食店(従業員30人未満)に限られています。
また、「フレックスタイム制」は、出勤時間・退勤時間の決定を労働者に委ねており、企画・開発業種向けの制度です。
したがって、介護・福祉業においては、1ケ月単位と1年単位の2つのタイプの変形労働時間制を詳しく見ていきたいと思います。
1ケ月単位の変形労働時間制
1ケ月単位の変形労働時間制は、1ケ月以内の一定期間を平均して1週間あたりの労働時間が法定労働時間(週40時間以内)を超えない範囲内において、特定の日または週に法定労働時間を超えて労働させることができる制度です。
1ケ月単位の変形労働時間制を採用する場合は、労使協定または就業規則(これに準ずるものも含む)において、1)変形期間を1ケ月以内とし、2)変形期間における労働時間数を法定労働時間の総枠の範囲内として、3)各日、各週の労働時間を定めることが必要です。
変形期間における法定労働時間の総枠
たとえば、変形期間をMAXの1ケ月とする場合、月によってその日数は、30日、31日、28日(4年に一度は29日)となります。
1ケ月間の法定労働時間の総枠は、以下のように計算します。
歴日数 | 歴日数÷7日×40時間 |
---|---|
30日 | 171.4時間(171時間25分) |
31日 | 177.1時間(177時間8分) |
28日 | 160時間 |
各日、各週の労働時間
変形労働時間制では、事前に1ケ月分の各日、各週の労働時間を特定しておく必要があります。
在宅サービスの場合、施設サービスのように交代制で24時間利用者を看るためのシフト勤務を組むという、ある意味で固定的な勤務時間ではありません。
利用者の増減や居宅サービス計画の変更によるサービス提供時間の変動が日常的にあります。
そうしたサービス計画は月次で作成するので、事前に1日8時間を超える勤務や週40時間を超える勤務計画を立てることでシフトが組みやすくなり、1ケ月単位の変形労働時間制を導入するメリットが出てきます。
しかし、1ケ月分の勤務予定を組んだ後で急なサービスが入ったからといって、事前に定めた各日、各週の労働時間は変更できません。
シフトを変更したことで当初の予定時間より労働時間が増えれば、その分の割増賃金を支払う必要があります。
たとえば、勤務予定は9時から17時まで(昼休憩1時間)の7時間だったが、新規利用者への初回訪問のために19時までの勤務が必要になった場合、法定内残業1時間分の通常の賃金と、法定外残業1時間分の時間外割増付の賃金(合計2時間分)の追加支給が必要です。
なお、1ケ月単位の変形労働時間制の場合、1日に勤務できる労働時間の上限がありません。
変形労働時間制と“週休3日制”
話は少しそれますが、最近、“週休3日制”という言葉を聞きませんか?
単に休日が3日あるだけでなく、ちゃんと週40時間の労働時間を勤務している正社員も多いです。
この場合は、1ケ月単位の変形労働時間制を活用しています。
1日10時間の勤務を週4日としているわけです。これで週平均40時間です。
1ケ月単位の変形労働時間制を導入するための手続き
労使協定や就業規則等で定めなくてはならない要件は、以下のとおりです。
- 期間内を平均した週の労働時間が40時間以内(特定措置対象事業場は44時間)
- 変形期間(1ケ月以内)
- 変形期間の起算日
- 対象労働者の範囲
- 変形期間の各日、各週の労働時間
- 協定の有効期間
1ケ月単位の変形労働時間制を活用することで、利用者へのサービスの増減に対して、1ケ月ごとに事前の計画を組んで対応することができます。
1年単位の変形労働時間制
次に、1年単位の変形労働時間制に移りましょう。
最初に確認したいのは、“1年単位”だから、変形期間(以下、「対象期間」)は1年間と思いがちですが、実は1ケ月を超える対象期間の制度です。最長が1年間です。
1ケ月を超えるということなので、たとえば、2ケ月間についての変形労働時間制を採用することも可能です。
1年間の中の特定の時期におけるサービス提供や事務的業務の在り方によって、1年単位の変形労働時間制を採用することが可能です。
こちらも、対象期間を平均して1週間あたりの労働時間が40時間以下になるように勤務シフトを組む必要があります。
1年単位の変形労働時間制にかかる制約
1年単位の変形労働時間制には、下記のように、いくつかの制約があります。
- 1日の労働時間の上限は10時間
- 1週間の労働時間の合計が52時間以内
- 対象期間が3ケ月を超える場合は、対象期間の労働日数の上限が、1年あたりに換算して280日以内(280×対象期間の日数÷365)
- 対象期間が3ケ月を超える場合は、
- 労働時間が48時間を超える週が連続する場合の週が3以下
- 対象期間をその初日から3ケ月ごとに区分した各期間において、48時間を超える週の初日の数が3以下
- 連続して勤務できる日が6日以下
ただし、労使協定で定めた「特定期間」内なら、1週間に1日の休日を確保すれば良い
(週の初日と次の週の最後の日に休めば、その間は最大12日間の連続勤務が可能) - *「特定期間」…対象期間中の特に業務が繁忙な期間
さらに、上記の各項目とあわせて、⑥対象期間における労働日とその労働日ごとの労働時間を特定して、⑦有効期間を定めた労使協定を締結し、その協定書を労働基準監督署に届け出ることが必要となります。
上記の③と④では、対象期間が3ケ月を超える場合の制限が決められています。
対象期間が6月1日から11月30日までの6ケ月間の場合を例に、詳しく見ていきましょう。
③対象期間の労働日数の上限
対象期間(6/1〜11/30)の日数は183日です。
③を計算すると、280×(183÷365)=140.38となり、対象期間の労働日数の上限は140日となります。
④48時間を超える週の制限
まず、1)については、48時間を超える週が4週連続してはダメ、ということですね。
なお、「週」はそれぞれの企業が就業規則等で定めることができます。
特に定めていない場合は、通常日曜日から土曜日までとなります。
次に、②について見てみましょう。
3ケ月ごとの区分を行うと、上の表のようになります。
6~8月の3ケ月間は48時間を超える週(の初日)が3ですからOK。
しかし、9~11月の3ケ月間は、4回目の週(の初日)があるのでアウトです。
パターン別シフト例
対象期間が6月から9月までの4ケ月間である1年単位の変形労働時間制のシフトを考えてみましょう。
【前提条件】
- 1日の上限時間が10時間
- 1週間の労働時間が52時間以内
- 4ケ月間の勤務日数が93日以内(280×122÷365=93.6⇒93)
- 連続して勤務できるのは6日以内
(労使協定で特に忙しい「特定期間」を設けた場合は週に1日以上の休暇)
〔パターン1〕
1日の勤務時間は8時間で良いが、忙しい期間は週に2日の休みを確保できない場合
この場合は、単純に言うと、4ケ月のうち忙しい2ケ月間は週に6日働いて、他の2ケ月は週に4日働くというパターンです。
この際、一番気を付けないといけないのは、休日の取得です。もし「特定期間」を設けないで週6日勤務する場合、続けて7日勤務することはできません。
日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 | 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
休み | 出1 | 出2 | 出3 | 出4 | 出5 | 出6 | 休み | 出1 | 出2 | 出3 | 出4 | 出5 |
8 | 8 | 8 | 8 | 8 | 8 | 8 | 8 | 8 | 8 | 8 |
〔パターン2〕
一日の勤務時間を上限の10時間にする日を出来るだけ多く取りたい場合
1週間の勤務時間数に関して、48時間を超える週の連続回数や、3ケ月の中で48時間超えの週が3回以内になるように留意しなければなりません。
1回でも週52時間を超えるとアウトです。
1週 | 2週 | 3週 | 4週 | 5週 | 6週 | 7週 | 8週 | 9週 | 10週 | 11週 | 12週 | 13週 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
45h | 45h | 45h | 40h | 40h | 40h | 48h | 48h | 48h | 36h | 36h | 36h | 36h |
5日 | 5日 | 5日 | 4日 | 4日 | 4日 | 6日 | 6日 | 6日 | 4日 | 4日 | 4日 | 4日 |
例えば、上の表のように勤務計画を組むとすると、下記①から④までのようになります。
- 3ケ月で61日勤務
- 週平均41.77時間
- 一日の上限10時間
- 週48時間以上の連続が3週
①は、4ケ月での勤務日数上限が93日なので、3ケ月での上限は70日となり前提条件をクリアしています。③と④も問題ありません。
②は、13週での平均が40時間を超えているため、残りの週の勤務時間を減らして、期間全体の平均が40時間以内になるように組まなければなりません。
実際の勤務表作成では、「対象期間」の全日の勤務予定を事前に組みことは困難な場合もあるため、最初の1ケ月分の労働日と各日の労働時間を特定すれば良いです。
その後、順次、次の1ケ月ごとの労働日と労働時間を事前(30日前まで)に協定していくことになります。
1ケ月単位、1年単位の変形労働時間制の適用の制限
妊産婦は時間外労働、休日労働、深夜業の免除を請求できます。
変形労働時間制の適用を受けていても、妊産婦からの請求があった場合は、法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超えての就業は禁止です。
また、このほかにも
- 育児を行う者
- 老人等の介護を行う者
- 職業訓練又は教育を受ける者
- その他特別の配慮を要する者
といった「特別の配慮を要する者」に対しても、事情に応じて必要な時間を確保できるように配慮が必要です。
まとめ
変形労働時間制では、一定の期間の範囲内において、1日あるいは週の勤務時間が法定労働時間を超えても、期間内で平均して法定労働時間を下回っていれば、超過勤務(いわゆる残業)とはなりません。
介護・福祉業の現場でも、変形労働時間制を取り入れることで、スタッフの総労働時間を抑えることが可能となります。
これにより、残業割増賃金も削減させることができ、スタッフにも経営側にもプラスになります。
また、こうした制度を導入して上手に運用するためには、1ケ月分の勤務予定を(その日の労働時間も含めて)事前に固めることがポイントです。
より計画的な勤務シフト作成が必要となるため、同時に職場運営のレベルも引き上げられるというメリットがあります。