【社労士コラム】マタハラ(マタニティハラスメント)にスポットを当てるVol.2
これまで、就業規則において「セクシャルハラスメントの禁止」「パワーハラスメントの禁止」と言った条文で、職場内のハラスメント禁止ルールづくりと懲罰規定を整備してきていたところも多いでしょう。
しかし、昨今はいわゆる「マタニティハラスメント」と呼ばれる妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントに対する防止措置も義務化されたことを受け、就業規則にもこのマタニティハラスメント(以下「マタハラ」)禁止の条文を盛り込む必要が出てきました。
それぞれのハラスメントの種類ごとに条文を列挙するのではなく、ハラスメント全般を禁止するために「あらゆるハラスメントの禁止」と表現し、就業規則を見直し改定することも増えました。
同時に、職場内におけるハラスメント防止研修の実施、相談窓口の設置から問題が起きた時の具体的な対処方法についても会社に提案しています。
これまで、マタハラとは何か?-具体的な内容やマタハラの起こるメカニズムについてお伝えしましたが、今回はマタハラが起こらない職場づくりについてご紹介します。
目次
多様な人材が共に働く職場環境を理解し認め合う
厚生労働省は「働き方改革」の実現に向けて、日本が直面している
- 少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少
- 育児や介護との両立など、働く方のニーズの多様化
などの状況へ対応するため、投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境を作ることを重要な課題として挙げました。
働く人の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択できる社会を実現し、働く方一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指しています。
かつての「男性が外で働き、女性が家事と子育てで家を守る」という性別役割分業により社会が成り立っていた時代から、子育て、介護、あるいは病気治療と両立させながら働く人が一緒になって仕事をする時代へと変化したのです。
子育てや介護のライフステージにあっても、それらに専念するために仕事を捨てるのではなく、仕事と家庭の両立=ワーク・ライフ・バランスの実現できる職場環境が求められています。
様々な立場の人がそれぞれの生き方、生活に合った雇用形態を選択して職業人生を歩んでいるのだ、ということをまずは理解しなければなりません。
自分の隣の席の社員が、たとえ自分と同じ働き方をしておらず、勤務時間が短かったり時差出勤をしていても、それぞれの「違い」を受け入れられるようになることで、柔軟な働き方ができる職場であるという意識が定着していきます。
この意識改革こそが大切です。
多様で柔軟な働き方のできる職場環境を作る
多様な働き手がそれぞれの持つ意欲や能力を十分に発揮するためには、それだけ働き方、雇用の形も多様かつ柔軟である必要があります。
それが、「兼業・副業」「テレワーク」「雇用によらない働き方(フリーランス等)」です。
- 「産休・育休明けに復帰してもこれまで通り正社員として働けないなら辞めてもらいます。」
- 「コロナ罹患の恐れで時差出勤したいなんて、妊婦のワガママです。」
- 「保育園のお迎えのために時短勤務するなんて許せない。」
これまでと同じ働き方ができない人を職場から排除する=「追い出し型」のマタハラが起こることで、働く意欲や能力のある人が会社を辞めざるを得なくなると、会社はたちまち人材不足の状況となります。
前回、マタハラの起こるメカニズムのお話をしました。
人手不足により仕事を押しつけられた社員が疲弊し、不平不満が溜まり、そのことが原因で職場でイジメや嫌がらせが起き、会社がマタハラ体質になってしまいます。
こうした人手不足によるマタハラを防ぐためにも、従来の雇用形態に縛られず、継続して働く社員一人ひとりの生活スタイルを把握し、それぞれに合った働き方のできる仕組みを整えることがポイントとなります。
そのいくつかをご紹介します。
テレワークはコロナ対策だけでなく、マタハラ防止にも有効
コロナ禍でテレワークを導入した会社も少なくはありません。
国土交通省の「テレワーク 人口実態調査」によると、雇用型就業者のうちテレワーク制度等に基づくテレワーカーの割合は、令和元年度の9.8%から、令和2年度は19.7%と倍増しています。
緊急事態宣言中には大きく増加して全国で20.4%に達し、解除後は減少して16%台となっているものの、「新しい生活様式」「多様は働き方」をキーワードに、これまでテレワークを考えていなかった会社も実施に踏み切ったところの多さを物語っています。
テレワークについては、就業規則の整備、就業時間の管理や把握、コミュニケーションの取り方など、本格的な導入、実施に至るまでには順序立てたプロセスやルールづくりが必要ですが、コロナ対策に限ったことではなく、実はマタハラ防止にも有効な手段となります。
例えば・・・・・
- つわりで電車通勤が難しいけど業務はできる体調である
- そろそろ産前休業のことを考えなければならないが、業務に引き継ぎもあるし、出勤せず在宅勤務をしながらギリギリまで仕事を続けたい
- 保育園の迎え、親の介護で病院への付き添いの時間は中抜けし、帰宅したらまた引き続き業務に戻る
というように、必ずしも会社に出勤しなくてもよい働き方ができるのであれば、子育てや介護とのバランスを取りながら、妊婦の人であればその日の自分の体調や妊婦健診との兼ね合いを考えながらの就業が可能になります。
在宅勤務だと通勤する時間が不要となるため、妊婦や産後まもなく復帰する女性にとっては身体の疲れ方も違いますし、体調管理をしやすくなるメリットもあります。
加えて、事業主には「母性健康管理措置」が義務づけられています。
男女雇用機会均等法により、妊娠中・出産後1年以内の女性労働者が保健指導・健康診査の際に主治医や助産師から指導を受け、事業主に申し出た場合、その指導事項を守れるようにするために必要な措置を講じなければならないというものです。
母子手帳に母健連絡カード(母性健康管理指導事項連絡カード)というページがあり、これを使って具体的な措置内容を決めていきます。
コロナ禍であろうとなかろうと、テレワークによる業務が可能であれば、妊婦である社員とお腹の赤ちゃんの命と健康、安全を守るために、出社のスタイルから在宅勤務へ切り替えられる仕組みを整えてみてはいかがでしょうか。
緊急事態宣言発令中やコロナ対策のためだけといった一時的、臨時的な制度という位置づけではなく、社員のワーク・ライフ・バランス実現のためにも引き続きテレワークを実施することで、「働き方の違い」により引き起こるマタハラを未然に防ぐことができます。
人手不足を招くこともありません。
短時間正社員制度を活用し、安定した就業機会の確保
マタハラは「働き方の違い」から起こるハラスメントです。
しかし、今は多様な人材が多様な働き方の中から自分にマッチする働き方を見つけ、存分に能力を発揮する時代です。
ダイバーシティ&インクルージョン
組織の中でダイバーシティ(多様な人材を認め確保すること)によって一人ひとりの多様性を高めるだけでなく、その組織に属する人が個人として尊重されつつ、組織の一員としてその違いを活かし組み入れ(インクルージョン=「含め」)、力が発揮できるように積極的に環境整備や働きかけを行っていこうという考え方。
これは、会社の就業環境の整備にも取り入れられるべき重要な考え方と言えます。
例えば、ある会社において、これまで正社員は1日8時間勤務が通常であったとします。
子育てや介護などの必要が出てきた社員がそのまま正社員として働き続けたいと思っても、1日8時間勤務ができない人はすぐさまパートに雇用形態を変更させ、正社員の補助業務のような仕事しか与えられない、できないということになると、「正社員」or「パート」の2択に迫られます。
正社員からパートへの一方的な降格は、子育てや介護が理由でとなれば不利益変更としてマタハラにあたる可能性があります。
また、育児や介護のための時短勤務制度は会社にあるにせよ、前例もなくなかなか言い出せないなど、「時短勤務が申請しづらい」もしくは「申請したら拒まれた」と言ったことになれば、これもマタハラの事案になり得ます。
これらを防ぐためには、「短時間正社員」の仕組みが有効です。
「短時間正社員」という働き方ができる対象者は社員全員にしてもよいですし、ある特定の、例えば育児や介護、ガン治療などと向き合いながら働く人に絞っても構いません。
1日8時間就業の正社員もいれば、短時間正社員として1日6時間就業で働く社員もいるということです。
職務内容、責任、待遇は8時間勤務の正社員となんら変わらず、ただ働く時間が短いという点がこれまでの正社員と違うだけです。
もちろん、給与はというと、8時間働くべきところを6時間に短縮しているわけですから、例えば短時間正社員の人は同じ職務に就く8時間勤務の正社員の8分の6(4分の3)にしても問題はありません。
仕事とそれ以外の時間を両立するための選択肢として、短時間勤務制度を導入し、対象の社員にどの働き方がよいかを選んでもらうのであれば、マタハラにはあたりません。
ある時期は正社員から短時間正社員への変更し、子育てや介護が落ち着いて元の(正社員の)働き方が再びできるようになったら正社員の働き方に変更する、という選択を可能にします。
社員のライフステージや生活環境に合わせて柔軟な働き方が選択できることで、社員のキャリアを途切れさせることなく、仕事を続けることができる上に、社員の職場定着や人材育成、長期的なキャリア形成も実現できるようになります。
不公平感をなくした働き方の提案
前述のように、テレワークや短時間正社員はマタハラの防止に有効です。
出産、育児、介護だけでなく、病気治療や不妊治療をしながら就業する必要のある社員にも活用することができます。
しかし、それ以外の社員にとって、あるいはテレワークの難しい業務に就いている社員にとってはどうでしょうか?
柔軟で多様な働き方が可能な職場環境を目指すということは、特定の事情のある社員だけなく、全ての社員にとって働きやすい環境である必要があります。
子育てや介護をしていない人は「時短勤務ができない」、「特別休暇もない」となると、ある一定の社員だけが働き詰めになり、しわ寄せのように仕事が回ってくるばかりで平等ではありません。
- 給与の支給額の按分により余った賃金を、新たに業務をカバーした社員へ手当として分配する
- リフレッシュ休暇や特別休暇の付与制度を会社独自で設定し、誰もがそれぞれのワーク・ライフ・バランスの実現できる仕組みを構築する
など、業務のカバー分を評価し、休みやすく、余暇の充実や休息時間を十分に確保できるような配慮が必要です。
特定の社員だけが優遇されるのではなく、同じ職場で働く人たち全員がお互いの生活環境や生き方、働き方を認め合いながら生き生きと職業生活を送れることが重要であると考えます。
昨今、「ワーケーション」と言う言葉が浸透しつつあります。
「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語ですが、働く場所を選ばず、かつ、非日常的な場所(たとえばリゾート地や就業環境に変化をつけた場所で業務をすること)でかえって作業効率が上がり、生産性向上にもつながることもあります。
これまでになかった雇用の形、あるいは、出社や雇用によらない働き方を取り入れることで、会社と社員の双方にメリットがあるならば、柔軟で多様な働き方を考え、仕組みづくりを行うことが得策と言えるでしょう。
誰が抜けても困らないジョブローテーションの活用
マタハラの防止に限ったことではないのですが、誰がいつ何かで抜けても業務が滞らない仕組みをつくることは大切です。
社員が急に抜けてしまう理由は妊娠・出産・子育て・介護に限らず、病気やケガ、天災により家族や家のことで長期に仕事を休まなければならないなど、様々な事情が考えられます。
マタハラに関して言えば、マタハラに遭った人が辞めて人員が足りなくなる場合もあれば、マタハラをした行為者に異動命令を下し、被害にあった社員と行為者を別々の職場で就業させる必要が出た場合もあります。
そんな時、その人にしかできない業務があるので抜けてもらったら困る・・・ではなく、いつ誰が抜け、異動しても問題なく業務が回っていくことが望ましいのは言うまでもありません。
この課題を解決してくれるのが、社員にさまざまな職務に就かせ、経験を積ませるジョブローテーションです。
ジョブローテーションは、社員の適性を見極めて適材適所の社内人事を行えたり、社員の適性と業務のミスマッチを低減させることで早期離職防止にもつながります。
さらに、社員をマルチプレイヤーに育てられるので、マタハラによる突然の離職や異動への人員の補充、対応にも備えることができるのです。
職務や職種に専門性が高く、仕事を習得するまでに時間と労力がかかる会社や部門には向いていないので、全ての会社や業種ですぐに実行できるものではありませんが、人材育成や社員の多様性と柔軟な働き方に対応するために、ジョブローテーションを意識した社員教育も大切です。
社員をマルチプレイヤーに育てることで、さらなるメリットも生まれます。
育児休業や介護休業明けの復職は、原職復帰が原則です。
しかし、場合によっては休業直前のポジションに空きがない場合があるかもしれません。
復職者を戻す場所がないとなると、会社都合でその社員に不利益を与えてしまうことになります。
休業明けに解雇してしまうケースは最悪であり、絶対にあってはなりません。
では、社員を戻せる場所が一カ所だけでなく、マルチプレイヤーとして複数の部署での復帰の可能性があったとしたらどうでしょう。
どの部署でどんな就業形態で復帰するのかを会社と社員で十分に話し合う余地が生まれます。
会社の一方的な部署異動や降格ではなく、業務上必要があり、労使で十分に話し合って決めることであれば、それはハラスメントにはあたりません。
復帰後も引き続き力になってくれる社員、これまでの業務内容を十分把握していて問題なく業務を遂行してくれる存在を確保できれば、新たな人を探して一から育てる手間もなく、会社にはずっとプラスなのですから。
マタハラ防止の仕組みづくりをすることは、結局は全社員にとって有益なこと
以上、マタハラ防止の観点からご紹介してきましたが、つまるところ、働き方改革に代表される
- 「多様な人材の活用」
- 「柔軟な働き方による就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮」
- 「ワーク・ライフ・バランスを大切にした生き方」
を実現するための仕組みづくりにつながっていることをお分かりいただけたでしょうか?
マタハラもコロナ禍も、会社や働く人にとって「ピンチ」ではあります。
しかし、このピンチを「チャンス」と捉え、誰もが働きやすく、共に働く仲間の多様性や、職業人生以外の生き方を理解し認め合う職場環境を目指すことで、人材の定着、生産性の向上、ひいては会社の成長につながっていくのです。
時代の流れに合わせた柔軟な考え方や働き方をいち早く取り入れていることが、その会社の魅力の一つになり得るという視点を持つことで、職場に新たな風が吹き、風通しのよい環境が出来上がるのではないでしょうか。