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【社労士コラム】マタハラ(マタニティハラスメント)にスポットを当てるVol.1

社労士コラム

【社労士コラム】マタハラ(マタニティハラスメント)にスポットを当てるVol.1

日大のラグビー部による「危険タックル問題」がニュースに取り上げられたのは2018年でした。
この問題では、コーチの部員に対するパワハラ(パワーハラスメント)が発覚し、危険タックルの問題と同時に「パワハラ」に対する関心も随分と高まったことがまだ記憶に新しい昨今。
2020年6月からは職場におけるパワハラ防止措置が義務化され、「ハラスメント」に関する研修の実施や具体的な防止策について、会社が考えていかねばならなくなりました。

もちろんハラスメントの問題は、職場に限らず、冒頭にあるように学校にも存在する他、あらゆる場面や環境において発生する可能性があり、今や、「◯◯ハラ」という言葉があちらこちらで聞かれるようになりました。
「アルハラ(アルコールハラスメント)」「カラハラ(カラオケハラスメント)」「キメハラ(鬼滅の刃ハラスメント)」など、何かにつけて「◯◯ハラ」とハラスメント化してしまうことも。

最近では、続くコロナ禍で「ワクハラ(ワクチンハラスメント)」という言葉まで誕生しました。
これは、新型コロナウイルスのワクチン接種を拒んだことで退職勧奨を受けたり、職場において不利益な扱いを受けることを指し、都道府県労働局や労働基準監督署へ相談が寄せられているほど。

私も社労士として顧問先から様々な労働相談を受けることがありますが、コロナ禍でワクチン接種やPCR検査にまつわる相談内容も増え、これまで考えられなかったような労務管理や社内ルールの整備が急務となるケースに直面しています。

そんな中、今回はあらゆるハラスメントの中でも「マタハラ」=マタニティハラスメントに焦点を当てていきます。

セクハラ、パワハラについては、防止セミナーや研修などで話を聞かれる機会もあるかと思いますが、是非、一人でも多くの方にマタハラが起こるメカニズムや、マタハラが引き起こす社会問題についても知っていただきたいと思います。

「マタハラ」は妊娠中の女性に対するハラスメントという意味ではない

「マタニティハラスメント」(以下「マタハラ」)と聞くと、たいていの人は「妊娠中の女性」に対する嫌がらせをイメージするでしょう。
「マタニティヨガ」「マタニティドレス」などの言葉もあるからですね。

しかし、英語では妊娠していることを、”I’m pregnant.”(プレグナント)と言ったり、”I’m expecting.”(エクスペクティング)と言います。
“expect”=期待する・・・子ども(が生まれること)を予期、期待していると表現します。

「マタハラ」自体は和製英語であり、ハラスメントの種類を指す正式な名称ではありません。
厚生労働省はセクハラでもパワハラでもない、いわゆる「マタハラ」をこう定義づけています。

妊娠・出産・ 育児休業等に関するハラスメント

この表現からも分かるように、マタハラは、妊娠期の女性に対するハラスメントだけでなく、出産時、そして産後の子育て期も含んだハラスメントとされています。
加えて「育児休業」の「等」という言葉には、介護休業を取るライフステージにある社員(たとえば早い人で40代、50代といった親の介護が必要となる世代)に対するハラスメントも該当します。

ですから、「マタハラ=妊娠期においてのみに行われるハラスメント」ではなく、妊娠期から親の介護を迎える年齢に至るまで、あらゆるライフステージにおいて発生する可能性を含んだ非常に広範囲に渡るハラスメントであることを理解しましょう。

ちなみに英語では、マタハラのことを前述の”pregnant”を用いて、”Pregnancy discrimination”=「妊娠していることに対する差別」と言います。
「妊娠に対する嫌がらせ」と限定しているところに違いがあります。

「マタハラ」という言葉は「◯◯ハラ」と表現するには容易で使いやすいものではある反面、正しく理解していなければ狭い範囲のハラスメントであると捉えられがちで注意が必要です。
私が研修や講演、大学の授業等でこの話をさせていただくと、「マタハラが子どもを産んだ後も続くハラスメントだとは知りませんでした」という感想を必ずもらいます。

マタハラは「働く妊婦が出産したらそれっきり」というハラスメントではなく、産後職場に復帰してからもさらにハラスメントを受け続けてしまうかもしれない、長期化の恐れのあるハラスメントであることを読者のみなさんに押さえていただきたいと思います。

マタハラの4つの特徴

異性、同性、上司、同僚問わず四方八方から

いわゆるマタハラの「加害者」となるのはどんな人なのでしょう?

セクハラ=異性による言動や嫌がらせが多いのではないでしょうか。
パワハラ=上司から部下へというイメージを持ちがちですが、厚生労働省による定義づけ「職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に」起こることを考えると、上司に限らず、先輩後輩、同僚の間でも成立します。
「職場内での優位性」と言う点では、自分よりも知識や経験を持った、あるいは特定の技術を身につけた部下が行為者になることもあるからです。

では、マタハラはというと、
性別問わず、上司・同僚などの立場問わずあらゆる人から嫌がらせを受ける可能性があります。どういうことか見ていきましょう。

異性のみならず同性も加害者に

マタハラの場合、残念ながらみんながみんな「妊娠や出産、子育ての大変さは女性(同性)だから理解してくれる。」わけではありません。

  • 「妊娠は自己責任」
  • 「つわりは病気じゃないから気合で乗り切れ」
  • 「妊婦だからと言って甘えは許さない。いつも通り働いてもらう」

といった言動から、

  • 「私の方が先に妊娠して産休育休を取る予定だったのに、何順番抜かししてるの?」
  • 「妊婦様は何様?」

と言われて同性からいじめに遭うことがあります。

これは女性に限ったことではありません。
男性社員が育休を取得しようとした時、

  • 「君の家に奥さんはいないのか?」
  • 「出世を諦めたのか?」
  • 「君一人の稼ぎで奥さんくらい養えないと」

などと男性の上司や同僚から言われるケースです。

女性同士だから助け合える、気持ちがわかるとは限らず、また、子育てと仕事の両立を図ろうとする男性も被害者になることもあるのです。

こういった言動や考えに基づいたハラスメントが起こる原因の一つに、加害者の「ものさし」が挙げられます。
例えば子育ての先輩でも

  • 「私の時代は育休や時短勤務はおろか、子どものことでいちいち休めなかったわ。子どもは家で泣いていても置いて仕事をしたわ」(看護師)
  • 「近所のおじいちゃんやおばあちゃんに見てもらえばいいじゃない」
  • 「保育園が閉まるのなら、ベビーシッターに頼みなさい」

といった、自分の見てきた、経験したことを元に、他の人も自分と同じやり方で乗り切られるのではないかと思い、そのやり方を強いる言動をすることが考えられます。
自分の価値観や経験を押し付けるのです。

信頼していた同性の同期、先輩からの心ない言葉で傷つく人もいます。
これにはイクボス(=部下や同僚の育児・介護等に配慮・理解のある上司)、子育てとの両立をしながら仕事を続ける先輩ロールモデルの存在を増やすことが急がれます。

加害行為や言動は上司に限らず同僚、そして後輩からも・・・

マタハラは「妊娠・出産・ 育児休業等に関するハラスメント」です。

これらのライフステージにある社員が休業や時短勤務制度を利用しようとした時に、それをよしとしない社員から嫌がらせや制度利用を阻むハラスメントを指します。
ということは、休業したり遅刻や早退をして業務に穴を空けることに対し不公平感や不満を抱いた社員であれば、誰でも加害者になりうるのです。

人が抜けた業務のカバーをするのが先輩だったら、同僚だったら、後輩だったら・・・
立場は関係ありません。

マタハラは誰からも、あらゆる方向から受けてしまう可能性を秘めています。
裏を返せば、自分は加害者になるはずがないと思っていても、知らず知らずのうちに加害者の一員になってしまうかもしれないのです。

マタハラは「制度利用に対するハラスメント」であり、人が抜けた時の人員体制、マネージメントをどう考えるか、いかにして「ピンチをチャンスに変えるか」がカギです。
どんな人が抜けても業務が回るように「働き方」そのものについて考え体制づくりをしていくことがポイントとなります(前回コラム「ハラスメント防止のためにおさえておきたいこと」参照)。

逆に考えれば、マネージメントの良し悪しでマタハラは防止できるのです。

個人単位+組織単位

セクハラが集団で行われるという話はほとんど聞いたことがありません。
個人が誰か特定のターゲットに対して、執拗に食事に誘ったり、性的な言動や嫌がらせを行うケースが多いでしょう。

パワハラについては、「個人」で行われるものと「組織単位」で行われるものが混在しています。
「人間関係の切り離し」と分類される、部署や組織内で仲間外れにしたり大事な会議に呼ばないといったハラスメントのケースや、「過大な要求」「過少な要求」と呼ばれるケースは個人間で行われるものではなく、組織や部署の中で複数人によって行われます。

マタハラも、パワハラに似ていて、「個人単位」でも「組織単位」でも行われます。個人的に嫌味を言われたりいじめられるパターンもあれば、組織や集団で行われることもあります。

  • 妊娠したらランチに誘われなくなった。
  • 自分にだけ大事な情報を共有してもらえなくなった。
  • 会議を時短勤務で早く帰った後にスケジューリングされた。
  • 知らない間に部署異動させられていて、人前に出ない裏方業務に就かされた。

といった部署やグループ内で行われる嫌がらせや、組織からターゲットを排除しようとするケースは「組織型」と言えます。
さらには、

  • 「うちには産休育休なんて制度はないから、妊娠した時点で誰もが退職になります。」
  • 「育休なんて取らせないよ」
  • 「介護休業取った人は今までいないので、前例を作らないためにも取らないで。」
  • 「業務が滞らないように妊娠は話し合って輪番制にしてください」
  • 「入社◯年目までは妊娠しないでください。」

といった、法律として当たり前に備わっている制度利用をその会社ではなかったこととし、社員にとって自然にあるべき権利を行使できないように頭から制度利用そのものを否定し、会社全体がこうした悪しき風土づくりをしてしまっているケースもあります。
これも「組織型」。

人事部や総務部といった、労務管理をする部署、あるいは会社として制度利用に対するハラスメントを行っている例です。

上記のケースで言えば、例えば、産休(産前産後休業)は、労働基準法に定められた当然あるべき制度です。
パート、正社員などの雇用形態問わず、産前6週間と産後8週間に妊婦はどんな会社においても取得できるものであり、「うちの会社にそんな制度はない」という勝手な理由は通らないのです。

他のハラスメントとハイブリットに(混合して)起こる

マタハラはセクハラやパワハラと混合型で起こることがあるのも特徴です。

「マタハラ+セクハラ」

  • お腹が突き出て見苦しい
  • ご主人と何回してできたの?

「マタハラ+パワハラ」

  • 妊婦だからと容赦しないと言って重い荷物をわざと持たせる(労働の強制)
  • 妊娠したって腹の中の子数ミリでしょ?!(人権侵害)

会社から与えられる制服を着てヒールを履き接客をしていた妊娠中の女性社員が、何度も体調を崩し休憩を必要としているにも関わらず休ませてもらえず、切迫流産や早産に見舞われたと言う事例もあります。

マタハラの恐ろしいところは、母体の健康・安全のみならず、お腹の赤ちゃんにまで場合によっては命の危険が及んでしまうというところです。

会社は社員と雇用契約を結んだら「安全配慮義務」を負います(労働契約法第5条)。
これは、労災や事故防止への取り組み、社員に日々健康で安全に業務に就かせることが会社の義務であることはもちろん、ハラスメントによる社員の心身の不調に対処することも含まれています。

問題が見えづらく蔓延る

一旦職場でマタハラが起こると、問題を顕在化させて徹底してハラスメントを失くし、再発防止に努めない限りなくなりません。

その理由に、マタハラは問題そのものが顕在化しづらい(表沙汰になりにくい)という特徴が挙げられます。
マタハラされた人はその理由を告げず、別の退職理由にすり替えて黙って泣き寝入りして辞めていくケースが多いからです。

「体調が芳しくないので早期に退職することにしました」
「保育園がいつまでも見つからないので復帰せずにこのまま退職します」
と言えば、周りは本人の決断だと思って送り出します。

もしこれが、ハラスメントが原因であるにも関わらず、誰にも相談できず本当の理由が言い出せなかったとしたらどうでしょう?
もし、退職勧奨を受けていたら?復帰を許されず解雇されていたら?

マタハラの事実がないという認識の職場に、ハラスメントの原因究明や防止の観点はありません。
しかし本当はマタハラがその会社に存在しているとしたら、また同じようなことが起こるのではないでしょうか?

黙って辞めていった社員の後輩たちは?
先輩と同じようにまた妊娠したらいじめられ、退職を余儀なくされ、子育てしながら仕事をしたいというキャリアプランが閉ざされてしまうのではないでしょうか。

さらに悪いことに、妊娠・子育て期にある社員がハラスメントに遭っていることを知っていた(黙って見ていた)後輩たちが、「自分も妊娠したら同じようにいじめられる」「今抱えているプロジェクトから外される」など「明日は我が身」だと感じ、ハラスメントに遭うことを恐れ、結果、妊娠か仕事か選択し、子どもを持つことを先延ばしにしたり、独身社員の場合は、結婚さえも躊躇してしまうかもしれません。

マタハラの事実に気づかれず、あるいは気づかれていても問題視されない場合、いつまでもマタハラは職場に蔓延ります。

同僚や後輩たちにまで被害が連鎖し、女性の社員が妊娠する度に退職して新しい人材の確保が必要となる事態になり、後輩社員は育たなくなります。
負のスパイラルに陥るのです。

前述の「個人型」「組織型」のケースで言うと、「個人型」のハラスメントの場合、加害社員が職場を去れば問題はなくなることも考えられますが、「組織型」としてハラスメントが行われている場合は、加害者が辞めたとしても「体質として」ハラスメントが根本的になくなるわけではないので要注意です。

マタハラが引き起こす社会問題

最後に、マタハラは職場内だけの問題にとどまらず、深刻な社会問題にも繋がっているハラスメントであるということをお話ししたいと思います。

前述のように、マタハラは問題が職場で顕在化しない限り、次のターゲットへハラスメントは連鎖し、いつまでも社内で横行します。
その結果、女性が結婚や妊娠を躊躇し、「仕事を選ぶか」「家庭・子どもを選ぶか」という選択に迫られます。

そこで解雇や思い描いたキャリアプランが断たれることを考え、結婚や子育てよりも仕事を選ぶ女性が増えたとします。
そうすると日本の社会にどういった影響を与えるでしょう。

  • 未婚、晩婚化が進む
    (2015年生涯未婚率:男性23.37%/女性14.06% 2010年比:男性+3.23%/女性+3.45%
    国立社会保障・人口問題研究所2019年版」)
  • 晩婚化により晩産化が進む
    (出生数の母の年齢別でみると45歳以上が前年より増加、44歳以下は前年より減少
    2020年人口動態統計」)
  • 晩産化が進むことで、出生数が低下する
    (出生数:2020年=84万832人 2019年=86万5239人より2万4407人減少
    「2020年人口動態統計」)

また、夫婦共働き(Wインカム)でないと子どもを安心して産み育てられないと考えると、夫婦どちらか一方が職を失い収入が途絶えると、これまた子どもを持つことを諦めてしまうことにもなります。

それに、日本には保育園の待機児童の問題=いわゆる「保活問題」もあります。

待機児童数は2018年から毎年減少傾向にあり、2020年4月では、前年比4,333人減の12,439人となっているものの(厚生労働省)、必死の保活の末、一人目の子どもをなんとか保育園に預けて復帰できたが、すぐに2人目の子どものことを考えると、

  • 「マタハラに遭うかもしれない」
  • 「保育園が一人目のようにすぐに決まる保障もない」
  • 「夫の帰りも遅いため、何かあった時の協力が得られにくい」

など、あらゆる課題のために2人目の妊娠も躊躇し、現状の中でワーママ(ワーキングママ)を続けようと決める人もいます。

日本は「2030年問題」という言葉に表現される超高齢化社会。
加えて出生数が低下の一途をたどっているということは、ますます働き手(支える側)不足を招き、増える高齢者(支えられる側)を支えきれなくなります。
公的年金制度と医療制度がこのままの仕組みでは立ち行かなくなるでしょう。

マタハラは「職場から労働者を排除する」という嫌がらせの問題だけではなく、実は日本の人口問題、経済問題、年金問題等にも繋がる大変深刻な問題としてとらえなければならないのです。

まとめ

以上の点からも、

  • マタハラの特徴とマタハラがもたらす社会問題を理解すること
  • 妊娠・出産・子育て・介護等と仕事を両立したい人は決して「贅沢」や「欲張り」なのではないということ
  • 誰もがワーク・ライフ・バランスが実現できる社会を作っていかねばならないこと

を日頃から意識し「働き方」を考え、ハラスメントの起こらない、起こさせない仕組みを整えることが急務と言えます。

執筆

社会保険労務士法人 岡本&パートナーズ 共同代表社会保険労務士 山本美紀

ホームページ:社会保険労務士法人「岡本&パートナーズ」|大阪府豊中市 (sr-toyonaka.com)

大阪府社会保険労務士会所属。国家資格キャリアコンサルタント。

営業社員、NPO職員、中学高校の英語教師、大学秘書等を経て社会保険労務士に。
大学の授業や行政のハラスメント防止セミナーに登壇。実体験も踏まえ、マタハラを中心としたハラスメント防止の啓発活動を行っている。また、歌う社労士ユニットShallow Seaとして、労働・社会保険諸法令、助成金、働き方改革などのオリジナルソングを歌い、YouTubeやSNS、ライブなどでも活動中。

著書
ひよこの学習塾-社労士教室-編著「社労士の仕事カタログ」中央経済社