【社労士コラム】治療と仕事の両立支援
職場において、自分の能力を最大限に活かし、生き生きと働き続けるには、心も身体も健康でなければなりません。
年に1回の定期健康診断をはじめ、社員の健康管理やメンタルヘルス対策、ストレスチェック、残業が多くなれば面接指導・・・・と健康かつ安全に働き続けるための様々な取り組みや会社の義務があります。
近年は、医学の進歩により、病気の診断技術や治療方法も格段に上がってきたこともあり、病気になっても仕事を辞めずに続けられる可能性も増えてきました。
今回は、病気と向き合い、治療をしながら仕事を続けるための「両立支援」について考えてみたいと思います。
目次
病気を抱える社員をめぐる現状と課題
病気を抱えながら仕事を続ける場合、まずは本人自身が病気や治療に関して十分に理解し、どのように向き合っていけばよいか考えなければなりません。
仕事が忙しいからと言って定期的な通院を怠り、受けるべき治療を受けずにいると病気は悪化し、結局は離職に繋がってしまうことがあります。
たとえば、糖尿病患者の8%が通院を途中で辞めてしまっており、その一番の理由が「仕事が忙しいから」となっています(平成25年厚生労働科学研究)。
加えて、もし会社自体が「仕事が忙しく休みづらい」、「通院のために遅刻や早退、時短勤務ができない」、「言い出しにくい」といった職場環境や風土であった場合、やはり病気を抱える社員は通院がままならなくなり、治療をきちんと受けられないといった状況を生んでしまいます。
つまり、治療を断念するか、仕事を断念するか、そのどちらかになってしまう理由には、会社の理解不足や支援制度・体制不足が関係してくるというわけです。
それでは、具体的には会社はどのような点に注意し、両立支援を行っていけばよいのでしょうか?
1つずつみていくことにしましょう。
病気治療と仕事の両立支援を行うための5つのポイント
対象社員の安全と健康の確保
治療と仕事の両立を必要とする社員が働くことによって病気が悪化したり、体調が悪くなることがあってはなりません。場合によっては、労災事故が起こるかもしれません。
そうならないためにも、病気になる前に就いていた業務内容や就業時間のままで働くのではなく、労働条件の変更なども考える必要が出てくることがあります。
つまり、対象社員の健康面や治療上の配慮を行わなければならず、「忙しいから」、「人手不足だから」といった理由で就業上の措置を怠らないよう注意が必要です。
〇具体的な措置〇
- 配置転換
- 軽易な業務への転換
- 短時間勤務への変更
- 夜勤や早朝勤務回数の軽減 など
病気や治療の特徴や個人の特性に応じた配慮と対応
対象労働者が通院はもちろん、入院することもあるため、治療や療養に必要な時間や休みの確保ができるようにしなければなりません。
また、こうした時間の確保や柔軟な設定の他に、薬の副作用、後遺症などが伴い、就業時間中に業務遂行の能力が落ちたり、一部の業務を行うことが困難になる時の対応も必要です。
しかも症状や治療方法、副作用の出方については同じ病気であっても個人によって差があります。
ですので、個人によって対応や配慮内容も変えていくことが大切です。
〇具体的な措置〇
- 横になれる休憩室の設置
- 空調の真下にデスクを置かない (冷えることにより運動機能に支障が出る場合など)
- 補食や薬の服用が必要な場合の時間の確保、短時間の別途の休憩時間の設定 など
ルールの明確化
病気治療との両立を行う社員がいる場合は、これまでに社内に制定していなかった新たなルール、規程を設定する必要が出てくることがあります。
短時間正社員制度がその一つです。
通常は8時間勤務の正社員に加え、病気治療を行う対象者に合わせた、たとえば1日6時間勤務の正社員といった働き方を導入するなどです。
この場合は、対象者を誰にするのか、どういう場合に当てはまるのかというルールの明確化とともに、病気治療の対象でない他の社員への十分な説明や理解を得ることも必要です。
〇具体的な措置〇
- 短時間正社員制度の創設
- 病気治療のための入院に伴う特別休暇の設置
- 時効で消滅する有給休暇の特別繰越し など
関係機関、関係者との連携
病気治療と仕事の両立支援にあたっては、対象社員本人以外にも関係者と連携することで、より適切なサポートが可能になります。
- 社内の関係者(たとえば所属部署の上司、同僚、産業医、保健師など)
- 医療機関の関係者(主治医、看護師など)
- 労働条件や就業規則の制定、変更に関し相談できる社会保険労務士
- 会社と医療機関やその他関係機関の橋渡しをしてくれる両立支援コーディネーター
など、情報共有や相談のできるネットワークづくりはとても重要です。
加えて、対象社員と連絡が取れないなどの緊急事態に備えて、その社員の家族と連携したりコミュニケーションをとっておくことも大切です。
その際、本人の同意を得た上で、各関係者と連絡を取り情報共有をしましょう。
個人情報の保護
病気と治療の両立支援には、これまでにも出てきているように、症状や治療の状況、病気の程度や見通しなど、さまざまな情報を得ておく必要があります。
しかし、これらは非常に機微な個人情報です。
前述の医療機関からの情報収集もそうですが、本人の同意なしに勝手に主治医から情報を得ることはできません。
また、情報漏洩にも気を付けなければなりません。
病状や副作用によっては特定の関係者(直属の上司等)のみにしか知られたくないと思うこともあるでしょう。適切な情報管理が必須です。
両立支援のための会社の環境整備は会社の「方針」の表明から
治療と仕事の両立支援を行う職場環境の整備として、第一に取り組むべきことは、会社が両立支援のための方針やルールを作成し、それを全社員に説明、周知することです。
こうすることで、社内で共通意識が芽生え、両立支援の実現しやすい職場風土をつくることができます。
対象社員以外の社員にも理解と支援の気持ちを持ってもらうことが大切です。
時短勤務などで他の社員と違う働き方をする対象社員と、そうでない通常勤務の社員に溝ができてはいけません。研修を実施し、いわゆる「意識啓発」を行うことで、円滑に両立支援が実現します。
その他、相談窓口の設置も必要です。
病気治療と両立する社員が安心して相談や配慮の申し出ができる窓口をつくり、あわせて相談内容について個人情報が含まれる場合は、安心して相談できるように、個人情報の保護や慎重な取り扱いルールを設定することも忘れないようにしましょう。
「両立支援プラン」の作成とフォローアップ
両立支援プランとは、病気の治療をしながら働く社員に対し、具体的にどうような措置が必要であるか、配慮の内容やスケジュールなどを策定したもののことです。
入院治療を終えて退院した社員が再び仕事に復帰するには、引き続きの通院や治療、投薬などが必要かもしれません。体力の低下やブランクを考えると、すぐの原職復帰は難しい場合も考えられます。
そこで、通院の予定、治療の状況などを踏まえ、どのような体制で両立をサポートしていけばよいかを組み立てます。
場合によっては、会社の人事担当者や産業保健スタッフなどとも連携し、フォローアップ体制や方法について組織的に行うことも大切です。
休職から復職する時の支援も重要
病気治療のため入院する場合、長期に仕事を休まざるを得なくなるので、会社の休職規定がどうなっているのかをチェックしなければなりません。
休職可能期間はどのくらいか、休職届の提出など手続き手順、休んでいる間の社会保険料、住民税の支払い等のルールを確認します。
病気休職は、復帰を前提とした休職制度です。
休んでいる間は治療に専念しながらも、会社と対象社員とは時々連絡を取り、社員は健康状態や治療の経過報告、復帰見込みについて伝えます。一方の会社は、業務の進捗状況などの情報提供をしながら、社員の不安や悩みを相談できるようにし、少しでもスムーズに復職できるようサポートします。
休職可能期間が経過してもなお復帰が難しい場合は、通常は休職期間満了となり退職となってしまいますが、会社が認めれば休職期間の延長をすることもあります。
復職が可能かどうかの判断については、主治医の意見や診断書を元にすることもありますが、場合によっては産業医や保健師、医療ソーシャルワーカーなどと連携し判断します。
その理由は、「病気が治る、あるいは症状が軽くなること=元通り仕事に復帰できる」とは限らないからです。通常の生活には問題がなくても、業務に従事するには健康面や体力面でまだ十分ではない場合の対応策です。
ただし、これには対象社員本人からの同意が必要です。
同意が得られた上で、主治医から復職判断のための情報を収集し、他の連携機関や医師の判断を仰ぎます。
ですから、慎重に進めるよう心掛けなければなりません。
そして、本人の意向も取り入れて会社は総合的に判断し、原職復帰が難しければ配置転換や試し出勤(リワーク)制度を採り入れるなどして、復職への不安解消や健康・安全の確保に努めながら復帰のプロセスを組むことが望ましいです。
社会資源の活用で安心して治療ができるように
病気治療のために仕事を休んでいる間は「ノーワーク・ノーペイ」の原則により給与が出ないので、所得の確保が難しくなる場合があります。しかし、治療のための費用や生活維持のためのお金は必要です。
「仕事を辞めて治療に専念すれば・・・」と会社が退職勧奨するケースも見られますが、考え方は人それぞれなので必ずしも退職することがベストとは限りません。
社会保険に加入している人であれば、健康保険から傷病手当金という病気休職中の所得保障になる給付金を受け取ることもできます。
手術や長期入院が見込まれる場合は、会社を通じて所属のけんぽ協会に申請し、「限度額適用認定証」をあらかじめ発行してもらうことにより、病院での窓口負担を軽くすることもできます。
いずれにしても、入院してからだと身動きがとりづらくなりますので、事前に必要な手続きを済ませておくことが大切です。
また、休職期間中であっても、会社に在籍している限りは社会保険料の徴収が行われます。
社会保険料は普段は給与から控除され、本人負担分と会社負担分を会社が国に納付しています。しかし、先に述べたように休職中は給与の支払いがないため、給与から保険料を控除することができません。
この場合は、休職前に会社と取り決めをし、期日までに休職者負担分の社会保険料を会社の口座に振り込むなどして、月々の保険料の支払いが滞らないように気を付けましょう。
両立支援で離職防止
私は以前、マタニティ・ハラスメント(以下「マタハラ」)に関するコラムを書きました。
(ご興味のある方は以前のコラムリンクを是非ご覧ください。)
ハラスメントのない職場環境を作ることは、子育てや家族介護が必要な社員でも働き続けられる職場環境を作ることに繋がるため、会社にとっては大切な取り組みだと述べました。
これは子育てや介護との「両立支援」の取り組みです。つまり、仕事と両立させるものが、子育て、介護、病気治療と違うだけです。
会社が対象社員の休業や時短勤務で働きたいというニーズを踏まえ制度を整備し、ワーク・ライフ・バランスの実現できる環境づくりは可能か?
両立支援が必要な社員の要望全てを適えられるルールづくりは難しいかもしれません。
しかし、働き方がますます多様化する昨今、その多様性に応じた制度を会社で取り入れることは、会社にとってもメリットがあります。
会社が働きやすい環境になれば、社員は生き生きと働き続けることができて、結果人材も定着します。
仕事と両立させるものが、育児なのか、介護なのか、はたまた病気治療なのかという違いはありますが、仕事とそれ以外の部分が両立しやすい職場であれば、その会社に入りたいと会社選びの魅力の一つに考える人もいるでしょう。離職を防ぐことにも繋がります。
多様な人材に対する理解・・・それはどの「両立支援」でも共通
会社も社員も、病気治療と仕事の両立を図る社員に対する「理解」と「配慮」の気持ちを持つということを、まずは一人ひとりが認識すること。一緒に働く他の社員の抱える課題や事情を理解し、お互いに働きやすい職場環境になるよう意識すること。
これが両立支援の職場づくりの第一歩ではないでしょうか?
- 日々の体調の変化の伴う配慮の内容
- 復職した社員の仕事の引継ぎ、進捗状況
- 通院・入院のスケジュール等に合わせた業務の洗い出しや分担 など
周りの社員が両立支援を求める社員に対し、ちょっとした声掛けをすることや、理解を示し寄り添う気持ちを持つことで、よりよい職場づくりは行われていくのです。
そして、いつ誰が同じように仕事と仕事以外の部分での両立が必要になっても、業務が滞らない体制を作っておくことが大切です。
「働きやすさ」と「働きがい」を感じられる職場へ
病気の治療と仕事を両立する人にとって、入院・手術などで休職する際、復職することが辛い治療を乗り越える目標や励みになることがあります。
復職予定日に合わせて体調管理と体力の回復計画を立てることが、対象社員にとっては病気を克服するモチベーションにも繋がるからです。
会社に「働きやすさ」を感じることができると同時に、「生きがい」や「働きがい」を持って生き生きと働き続けることができるのはとても大切なことです。
これは病気治療との両立をする人に限ったことではなく、すべての社員にとって当てはまることです。
結局は、誰もが働きやすい職場を全社員で目指していくことと、周りの社員の立場や環境を理解し寄り添う姿勢を持つことが大切なのです。